前回は,相続人が遺産分割前に被相続人の預金を引き出そうとしても,銀行はこれに応じないのが通常であるという話をしました。
今回も,前回までと同様,ちゅうおう銀行に100万円の預金を持っていた花子さんが死亡し,一郎さんと二郎さんが花子さんの相続人となった事案をもとに,銀行から事故の相続分に従った50万円の引き出しに応じてもらえなかった一郎さんが銀行に対して損害賠償請求できるかについて説明します。
この事案と類似した事案について,他の相続人の同意がないことを理由に,銀行が相続人による預金の払戻しを拒否した行為は不法行為にあたらないと判断した裁判例があります(東京地裁平成25年10月29日)。
この裁判例は,一般論として,金銭債務の履行の拒絶が不法行為となるのは,履行を拒絶することが公序良俗に違反する態様でされたというべき特段の事情が認められる例外的な場合に限られると判断しました。
その上で,ある相続人が預金の払戻しを求めた場合,銀行がこれに応じるために他の相続人の同意を求めるのは,他の相続人との間で貯金の払戻しをめぐって紛争に巻き込まれる事態を未然に防ぐためのものと容易に推認され,銀行の払戻拒絶行為が公序良俗に違反する態様でされたというべき特段の事情はないとし,不法行為にはあたらないという結論を述べています。
この裁判例は,現在,控訴されており確定していませんが,金銭債務の履行の拒絶が不法行為となるのは,履行を拒絶することが公序良俗に違反する態様でされたというべき特段の事情が認められる例外的な場合に限られるという基準に従えば,一郎さんのケースでも,損害賠償請求は認められないこととなります。
相続人による預金の払戻しは多くの相続事件に関わる問題であり,今後も類似した事案での裁判例に注目する必要があります。